中華民国ざっくりまとめ

台湾=中華民国というのは先にまとめた通り。

では中華民国とは?

1912年、孫文を革命で倒し議会制民主主義の中華民国が誕生。

1937年、満州国を設立した日本と中華民国は戦争、第二次世界大戦へと戦火が拡大。

1945年、中華民国は第二次世界大戦勝利。国連常任理事国となる。50年間台湾は日本だったが中華民国が支配

1949年、国共内戦(中国民党と中国産党の内戦)に中国共産党が勝利。蒋介石率いる中華民国政府は台湾に移動。

1951年のサンフランシスコ講和条約および1952年の日華平和条約において、日本は台湾島地域に対する権原を含める一切の権利を放棄したが、それらの帰属先が明言されていないため、台湾島地域の国際法上の領有権は「未確定である」という見方がある。

1971年、東西の政治的駆け引きの結果、国際連合における「中国代表権」が中華民国から中華人民共和国に移され、中華民国は国連とその関連機関から脱退した。

日本はアメリカに従い中華人民共和国を承認し中華民国と断交。だが中華人民共和国の唱える「一つの中国(台湾の主権も中華人民共和国にあるぞゴルァ)」政策を、日本は「理解し、尊重する」という表現にとどめ、承認しているわけではない。

日本と中華民国との正式な国交はないが形式上非政府組織の窓口機関を通じて外交業務を行っているため、事実上の国交があると言える状態にある。

アメリカは中華民国と事実上の同盟関係にあり、中華民国が軍事的脅威にさらされた場合は、台湾関係法に基づき、適切な行動を取ることとなっている。

というわけで。。

日本と中華民国は第二次世界大戦で戦ったんですね。

その後、平和条約(示談)を締結していますが

台湾は50年間の日本統治があったとはいえ

親日の理由がいまいちピンときません。

調べたところ、こちらに台湾が親日国である理由背景がまとめられていました。

台湾がなぜ親日国かその理由・背景を集めてみた

こんなことがあったんですね。

蒋介石率いる中国国民党政府が台湾へ上陸し、外省人と本省人の間で衝突が頻繁に起こり、蒋介石は恐怖政治により徹底的に弾圧し、政治・経済・教育・マスコミなどの独占。同時に台湾語、日本語の使用禁止。台湾人の抵抗意識を奪うために、知識階層・共産主義者を中心に数万人を処刑したと推定されています。ちょうどこの70年前から台湾では中国語(北京語)が公用語として普及していきました。

この理由がとてもあったかい気持ちになりました。

⑥親の影響

結局はこの影響が最も大きいと思います(*_*)
台湾人は血のつながりをとても大事にし、家族や親戚といる時間を多くとります。
台湾には台湾語という約350年話されている言語がありますが、それには文字が存在しません。つまり教科書が存在しないのです。親から学ぶほか方法がないのです。それにも関わらず未だ継承され続けているのは、親子間のコミュニケーションがとても深い台湾人の気質の表れだと思います。統治時代を生きた祖父母の世代、経済成長期を生きた父母の世代に映った日本という国が、次世代へ真っ直ぐに伝えられているのだと思います。台湾はそれを大切にする国柄なのです。

台湾語に文字がないというのはびっくり。

(公用語は中国語(繁体))

羅小白 S.white さんもご家族を大事にしていることが伝わってきます👨‍👩‍👧

見ているだけであったかい気持ちになります☺

まだまだ知らないことがたくさんあります。

好きな人(台湾については羅小白(ロー シャオバイ) S.white さん)から知識をいろいろ広げていくのは楽しいです😄

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